【アフリカ生活感想記】鶏から学べること。まさに「いただきます」な生活を送っています

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発信内容→【小学校教育/ライフハック/世界旅/恋愛】 教員採用試験合格を辞退してザンビアで教員やってます。 価値主義を伝える教育・デザイン・仮想通貨・映像等を勉強中。 好きだけで生きることを証明中。 23歳ぶっ飛んでいきます。

こんにちは。Runです(@zambian_run)

 

鶏を自分で殺して、切って食べたことがありますか?

 

 

鶏に限らずです。

自らの手で生命を殺し、自分で調理して食べる。

 

 

私は、小学校低学年の時に鶏を殺して毛を取って調理できる状態までの行為をした経験があるのですが、当時は何の抵抗もありませんでした。

 

しかし現在は抵抗ありまくりで、自分自信では何もできません

 

本記事では、

日本では当たり前のように調理された状態で食べている食べ物を生きた状態から見て、食べ続けることによって何を学んだかを、まとめてみました。

 

 

ザンビアの鶏事情

 

 

ザンビアではこのくらいの鶏を生きた状態で250円程度で買うことができます。

もちろんそのあとどうするかは私たち次第。

 

ホームステイ先では、2週間に1度くらいの頻度で子供が調理してくれて、食べることができます。

 

調理過程

 

①首をひねる

②毛を取る

③部分的に切る

④焼く

 

過程は複雑ではないですが、やはり私は抵抗があります。

 

全部食うのがザンビア文化

 

今から載せる写真は、嫌な気持ちをする人もいるかもしれないので、飛ばす人は次の見出しまでスクロールしてください

 

昨日出てきたのですが、私の皿に乗せられていた部位が

 

 

頭の丸焼きだったんです。

これ衝撃すぎて、今回記事にするキッカケになりました。

 

生まれて初めてトサカまで食べました

クチバシは食べれませんでした。

 

正直食べるか迷った

 

自分は都合のいい人間だな。

 

そう思いました。

日本でもいつも食べている部位であれば、難なく食べることができるのですが

 

頭、しかも丸焼きとなると

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かわいそう

もし、これが人間の頭だったらヤバいよな

てか咽喉元も食べるとか、俺こんなことしていいのかな

 

お前重い

今更何言ってんだ

なら食うなよ

 

このように思われても仕方ないのですが。

正直どんな感情を持つのが正解なのかわからない15分間を過ごしました。

 

結局ちゃんと食べるのが礼儀だと思った

 

このまま食べずに捨てるのはいけないかなと思い

食べれるところはちゃんと食べました。

 

味はいつものチキンの味です。

 

いつもの味なのにいつもと違う感情が出るのも不思議な気分でした。

 

ホームステイ先の家族は私が頭を食べるのは初めて知っていたので喜んでいましたけどね。

私はそうにも複雑でした。

 

 

今回学んだこと

 

いただきます

って良い言葉だな。

 

もったいない

って良い言葉だな。

 

良い言葉というか、場面場面で適切な英語では表しにくい、そして他国の文化にはない表現方法がある日本語って良いな

そう思いました。

 

なんにせよ食べている以上

ありがたい。
当たり前じゃない。

 

そんなことは重々わかっているので、それは置いといて。

 

言葉の良さであったり、わかっていても混沌とする自分の気持ちに気付き、考え、発信することに学びがあったんです。

 

今日はガッツリしたリアルなゼンビア生活記を読んでくださり、ありがとうございました!

 

 

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